チェイサーの歴史

1977年初代チェイサー発売。この時はマーク2との姉妹車の位置付けだった。スカイラインの対抗馬として発売された。1980年二代目チェイサー発売。このモデルチェンジでクレスタが追加された。この現象を俗に「トヨタ三兄弟」と言った。1984年三代目チェイサー発売。このモデルで初めてツインターボモデルが登場した1988年8月四代目チェイサー発売。エンジンの種類は1800から3000まで存在した。ボディデザインは丸みを基調としたデザインで、決して若者向きのデザインではなかった。この時特に購入に走ったのはやはり、40代〜50代の人達だった。マーク2やクレスタとの違いは外観のちょっとした装飾の変更以外殆どなく、車の事が余り判らない人が見ると、この車が何と言う名前の車なのか判らない程だった。しかしそんなボディデザインにも関わらず、強力なエンジンを搭載していた。2500エンジンにタービンをツインで搭載したのである。これはGT-Rに匹敵するメニューだ。1992年10月五代目チェイサーで車体が大きくなった。このモデルでやっと前輪のサスペンション形式がダブルウィッシュボーンとなった。ボディのデザインは相変わらず丸みを帯びたデザインを踏襲していたが、何となく戦闘的な装飾が若者向けを意識させた。エンジンは1800〜3000である。2500にはツインターボが前期モデル同様用意された。更にTRC、TEMS、トルセンLSDなどの電子技術も投入された。チェイサーは1988年型が80系、1992年型が90系と車体形式名で呼ばれ、現在まで親しまれている。

JZX100系チェイサー

1996年9月。100系チェイサーが登場した。ボディデザインは曲線と直線を巧みに融合させた、若者向けのスタイリングとして生まれ変わった。JZX100系三兄弟中最もスポーツを意識したモデルだった。エンジンは1800〜3000。2500ツアラーVには無論ツインターボが搭載された。しかも標準装備には珍しく、前後異なる幅のタイヤを標準としていた。4WD車は電子制御トラクションコントロールを採用した。2000ccエンジンはVVT-iと言うバルブリフト&バルブタイミングコントロール機構を追加した。これはエンジンの回転数に応じてバルブ開度とバルブタイミングを連続して変更して行く機構である。低速時には燃費を考慮してバルブリフト量を少なくしタイミングを遅くする、一方パワーが欲しい時にはバルブリフト量を大きくし、タイミングを早くする。こうして快適なドライビングを提供したのである。しかし次のモデルチェンジの時期を迎える直前になって、チェイサーに戦力外通告が勧告された。人気は2ボックスカーに移っていたのである。トヨタも例外ではなく、売れる車を造らねばならない。車種を減らし、2ボックスカーを増産しなければならなかった。潰される事になったのは、チェイサーとクレスタだった。2000年10月新型マーク2が発売されたが、余りの人気の為110系のマーク2と同時に2001年6月まで販売されていた。後継はヴェロッサである。

チェイサーの躍進は終わらない

日産のスカイラインやローレルに乗っている人にとっては、チェイサーは永遠のライバルだった。厳密に言えばスカイラインはチェイサーの下の部類になるのかも知れない。しかし現在はマークXとスカイラインは同レベルで評価されている。車のレベル意識などは人の錯覚に等しいのだ。日産スカイラインはこのネームバリューだけに陶酔して買う人も居る。私がその口だ。チェイサーは歴史が浅いが、トヨタのネームバリューがその売り上げを支えていた。スカイラインの第三者系チューニングパーツの種類の多さはかなり加熱しているが、チェイサーの場合も同様だ。所有している人を決して飽きさせない。あらゆる人の好みに合ったチューニングパーツが存在する。そのパーツを組み込んだ自分の車を想像しただけでも非常に楽しい。アルミホイールを変えただけでも車の雰囲気は一変するので、所有している人は是非挑戦して頂きたい。

Copyright © 2007 JZX100系チェイサーの躍進